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ヴェロニカさんが教えてくれたこと

前回に引き続き、エクアドルの旅の空の下にいる私ことマモさんです。アンデスの高地に住む先住民のコミュニティ、サン・クレメンテに滞在したのち熱帯雨林にアチュア族を訪ねた、濃密な1週間を終えたところです。今日は熱帯雨林の前に滞在したサン・クレメンテでの二泊三日の経験から。

サン・クレメンテは、アンデス山脈のインバブラという地域にある先住民ケチュア(またはキチュア)・カランキの人々のコミュニティです。この二泊三日の滞在では、ケチュア・カランキの方のお宅にホームステイをさせていただいてました。ステイ中は歓迎のパーティを開いていただいたり、家庭料理を一緒に作ったり、農耕作業を体験したり、部族のシャーマンによる清めの儀式に参加したりと盛りだくさんでした。

実際に生活を共にして見た人々の生活は、つつましく、しかし全てに充足した豊かなものでした。農作物や家畜を育てて自給自足の生活をしている彼らは、農作業のタイミングなどを大きな日時計によって知るという方法を取っています。この地区のリーダーの一人であるマヌエルさんによれば、農業において一番大切なことは「自分の希望や欲求を優先させようとするのでなく、宇宙の采配に委ねること。そして種や収穫を分かち合うこと」だそうです。

自然のリズムと調和し、季節と自然の法則に従いそれを尊重して生きると同時に人と人がハーモニーの中で生きることを大切にする。「このコミュニティの暮らしから都市部の人々の生活を見ると、そこにはストレスやプレッシャーが溢れていて、人と自然のつながりも、人と人との調和も失われてしまっている」とマヌエルさんは語ってくれました。

ここで食事の準備など私たちをケアしてくださった中に、ヴェロニカさんという20代前半の女性がいました。おとなしく控えめな印象がありながら、目に強い光を宿す女性です。日本ではこのようなコミュニティから若い人たちがどんどん都会へ流出していくこと、都会の生活に惹かれて家から離れる人が多いことを伝えて、ヴェロニカさんは都会に出て暮らしたいと思ったことはないのか?と尋ねましたが、彼女はその問いにはただ首を横に振るだけでした。サン・クレメンテは近隣のかなり大きな都市イバラを見下ろす山の中にあり、晴れた日にはすぐにでもいけそうなところに都会が広がっている土地です。

「でも、都会にはキレイな服や、テレビやインターネットや携帯や、ありとあらゆるものが揃ってるじゃない?そういった便利な生活をしたいと思わないの?」畳み掛けるように聞いた時の彼女の答えはとてもシンプルでした。

「ここには家族がいるから。」

彼女の口からはそれ以上の説明はありませんでした。が、そのシンプルな一言からは、彼女がこの土地で得ているつながりの大きさと確かさが溢れていました。同時に、彼女の言葉を聞いて感じたのは、今の日本でいかに私たちがつながりを失っているかということ。そしてその喪失にすら、ちゃんとした実感を持っていないということ。それは過疎化する地方の問題というだけでなく、自分自身の親兄弟との関わり方を省みてもそこにつながりの希薄化がある。そんな風に感じました。

ホームステイを終えて村を去る日の朝、ホストファミリーと参加者が輪になってお別れの時を持ちました。彼らの伝統では、大切な時には皆で手をつなぎ祈りを捧げます。その時には、左手は上に向け、右手は下に向けて手をつなぎます。上に向けた手は受け取る手、下に向けた手は与える手。左手から先に出すので無く、まずは自分の右手を他の人に差し出して与えること。そんなことを意識しながら手をつなぎます。そして、手を離すときはゆっくりと、あたかもそれが今生での最後の別れの時であるかのように相手の存在に感謝し惜しみながらゆっくりと、味わいながら手を離していきます。

別れの輪の中でマヌエルさんはこう言いました。 「人生を生きることの意味は、つながりを感じることにこそある」と。

心満たされ、深いつながりと愛をいただいて私たちは熱帯雨林への玄関口、プヨへと旅立ったのでした。


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